ぼっち・ざ・ひっく!

 終着駅まであと1時間。窓の外はもう夕焼け、昨晩の宿酔いもどこへやら、僕ら呑んべえたちの夜がまたやってくる。ひさびさに泊まる街、まずはGoogle MAPを開き、大まかに飲み屋エリアを把握。居酒屋一覧をスクロールして、口コミ数が30未満のお店に注目。気取った店名はパス。プロモーション写真が載っているところもパス。「予約必須」の口コミを見たら順位を下げ、お店からの返信があるところもやや遠慮。通りに面したところもなるべく避ける。閉店時間は遅い方がよい。店内写真は暗めの方が好み。

 ホテルにチェックイン。今晩用の現金をポケットに突っ込み、いざ出発。まずはチェックしたお店のあるあたりをグルグル歩く。「一生懸命営業中」のような、ベタな看板のかかるお店は素通り。ガヤガヤ中の声が漏れ聞こえるところも、ひとり飲みには合わないことが多い。外から中の様子が丸見えなお店は、安心そうでもスルー。「狭き門より入れ」とはよく言ったもので、入りづらいお店の固いトビラの奥にこそ、ひとり飲みの活路は開けている。

 事前に調べたお店がどんなに魅力的であっても、必ず飲み屋街を一巡してリサーチする。Google MAPの検索に引っかからないお店は割と多い。「閉業」判定されているところでも、来てみたらふつうに営業していることは実際にある。最終的には足と直感を頼りに、ふだん行きつけの店周辺の雰囲気を現地と重ね合わせながら探す。ここだ!と思うお店に出会うまでは、ギリギリまで粘る。

 お店のトビラを開けたら、一言あいさつをして指示を待つ。お店から品定めされやすいように立ちたいが、あせって奥に入りすぎないように注意する。たとえ席がガラガラでも、「予約でいっぱい」と言われることは悲しいがよくある。無事に席をすすめられたら、第一関門クリア。次に声をかけられるまで待って、最初の飲み物を落ち着いて注文。あとは流れに任せて、リラックスしてお店にとけこむ。メニューや店内の造作を眺めながら、おすすめはどれかな、店長の趣味は何かな、あれこれ想像しながら、グラスとお通しの到着を待つ。もうすぐ時計は6時、もうそこに一番星。

火曜日

 何度乗り過ごせば気が済むのだろう。気がつけば蒲田。深夜1時。千鳥足で街に出る。声をかけてくるマッサージのお姉さんもあきれ顔だ。以前に泊まったことのあるカプセルホテルは満室。仕方なく、マンガ喫茶のフラットルームに潜り込む。スマートフォンで会員登録。受付前でモタモタ指を動かす僕を、隣としゃべりながら、横目でスキャンする店員さん。

 寝る前なのについ紙コップのブラックコーヒーを飲み干して、当然のごとく目がさえてしまい、「スパイ・ファミリー」を1巻から読み始める。「我慢だ黄昏」。我慢は大事だ。僕はといえば、堪え性のない人生だった。調子に乗って余計なことばかりして、いつも後で泣きをみている。2巻の途中で眠りについたらしい。

 4時半頃に目が覚める。滞在時間2時間56分。3時間パックに収まる。今回はサイフもケータイもカバンも無事なようだ。なんだ楽勝じゃないか。扉の手すりにもたれかかり、死線をくぐり抜けた解放感を覚える。「神聖喜劇」の東堂太郎のように、気持ちは堂々としているが、こちらは抜け切らないアルコールで、ちょっとした躁状態。きっと手は小刻みにふるえている。

 部屋に戻って、布団を敷いてひと眠りして、昼過ぎに目が覚めると、いつもの離脱がやってくるだろう。せっかくの土曜日なのに、また台無しだ。それでも昨晩、飲んでいるうちは幸せだったはずだ。少なくとも途中までは。お店に粗相してなければいいけれど。ちょっと、次は間隔を空けて、様子をうかがいに行こう。ブログの日記もずいぶん更新していない。火曜日くらいにはちゃんとしたい。