新馬場「あおた」さんのこと

2年前の冬、勤め先が北品川に移転したころの僕は、
職場の人間関係でもめて、にっちもさっちもいかなくなり、
酒量は日に日に増え、不安と不穏を腹にかかえながら日々過ごしていた。

新馬場の「あおた」さんに初めて入ったとき、僕はチャーハンを注文した。
カウンターの上に置かれたお皿と、付けあわせのスープ。
お皿は手元におろせたが、小さいスープ茶碗は
どうにも手がふるえてしまって、持ち上げることすらできない。

恥をしのんで、僕はママさんに助けをもとめた。
「わかるわよ。熱いの苦手なのね!」と、笑ってカウンターにおろしてくれた。

ふるえるプラスチック製のレンゲをなんとか制御して、スープを口まで運んだ。
その味は、たとえようもなくおいしかった。
次もまた来よう、次はきっとラーメンを頼もう。
お勘定をして店を出た時には、お腹のあたりのモヤモヤが少しだけど晴れていた。

いまではなんとか平穏な生活を送れるようになった。
今日まであおたさんのスープを飲み続けたおかげだと、僕は勝手に思っている。

(以下余談)

町中華探検隊が行く!
中華料理 あおた@新馬場 中華丼など
https://machichuuka.blogspot.com/2015/09/blog-post_25.html

町中華探検隊ではなぜか中華丼推し。
もちろんおいしいけれど、あおたさんの魅力の本筋は麺類にあると思う。

ノーマルのラーメンは500円。
最初はあれ?味が薄すぎる?と感じるが、
食べ進めていくうちにスープの味がはっきりしてきて、
気がつくと残り一滴まで飲み干している。

あおたさんの大半のメニューは、調理主担当である若旦那の手が必要だが、
ラーメンとチャーシューメンはママさんひとりで作れるので、
混雑時に急いで食べたいときにはおすすめだ。

麺類ならタンメン、みそラーメン、もやしそばが間違いない。
最近はこの3品を気分によってローテーションしている。
五目そばは昔ながらの伊達巻き入り。最初食べたときは面食らったが、最近は慣れた。

ごはん物ならまずはチャーハン。中華丼はたっぷり食べたい人におすすめ。
カレーも隠れた人気メニュー。昼遅く行くとごはんが切れることも。

お店にはいくつかルールがある。

・お水は自分で汲む
・1人客はカウンターに座る
・支払いはなるべくお釣りが出ないよう小銭を用意する

2、3回行けばすぐに覚えられる。

あおたさんのお店の壁には、年季の入ったサインが何枚か飾ってある。
そのなかで、3つ並んだ色紙には、渡瀬恒彦殿山泰司佳村萠、と名前がある。

気になって検索したら、黒木和雄監督作品「泪橋」がヒットした。
渡瀬恒彦殿山泰司は言わずとしれた名優。
佳村萠さんは愛川欽也さんの娘とのこと。
近隣の鈴ヶ森処刑場跡には「涙橋」がかかっている。
きっとこのあたりでロケでもしていたんだろう。

先日、意を決してママさんに伺うと、果たしてその通りだった。
ロケ中のお昼過ぎ、お店が静かになった頃に、よく来られていたらしい。
色紙の隣には、ラーメンどんぶりを持った渡瀬恒彦と、ママさんのツーショット写真が飾られている。

個人的なファンである、殿山泰司のサインには、
単行本で見慣れた自画像の横に、「あおたさーん!」と大書きされている。
僕はいつもそれを見ると、気分がほっと落ち着く。
殿山さんにもおそらく、このお店になにか感じるところがあったのではないだろうか。